有田・波佐見・伊万里焼きとは
まずこれらの3窯業地をまとめてしまっている事をお詫びします。後述の通り分かりにくく、あえてこの様な紹介の仕方をお許し下さい。また私は陶器が好きなので、磁器は少々後手に回っております故、そこまで詳しいご紹介が出来ない旨もお許し下さい。
秀吉の朝鮮出兵の際に日本に連れてこられた朝鮮の陶工ら(※)により開窯。李参平が佐賀県有田で、同時期に李祐慶が有田の隣町になる長崎県波佐見でそれぞれ登り窯で焼き物作りを始めたのが始まり。どちらも伊万里港から国内外に出荷されていたので「伊万里焼き」とも呼ばれていたので、この辺り名前が混同してややこしい(苦笑)。波佐見焼も最近までは「有田焼き」として販売されていたが、食品の産地偽装問題を機に、波佐見で焼成された器を「有田焼き」とは呼べなくなり、「波佐見焼き」としてそれぞれの道を歩む事になったとの事。
だったらほぼ中国産の粘土を使っている信楽焼きは「信楽焼き」と呼んで良いの?という疑問を感じるのは私だけだろうか?
※私は昔、秀吉の朝鮮出兵時に陶工らが拉致同然に連れてこられたと学びましたが、どうも最近の研究では、戦の絶えない朝鮮半島から日本に陶工らが亡命を希望したとの説が有力の様ですね。
これらの産地の焼き物は基本陶器ではなく磁器です。朝鮮から来た当時の陶工らが、朝鮮にあった様な磁器土の山をこの周辺で発見したから、ここで窯を築いたのでしょう。
磁土はほぼ岩なので、下に紹介する様な唐臼小屋で川の動力を用いて砕いていました。
写真をクリックすると説明分が表示されます。
講師お勧めの観光スポット
歴史もややこしいが観光もややこしい(苦笑)。「やきもの公園」が同名で武雄市と波佐見町にある。波佐見町の方はいくつかの窯が展示してあり、武雄市の方は唐臼小屋(水力で粘土を砕く臼)が展示されている。
伊万里·有田焼伝統産業会館と、そのすぐ川向かいの唐臼小屋。陶石が日本で最初に発見された泉山磁石場などは、時間があったら巡って頂きたい場所です。波佐見の「西の原(旧福幸製陶所)」は若い方にお勧めです。
少し足を延ばされて、唐津焼き巡りや、呼子でイカを召し上がってみて下さい。長崎も近いです。
講師最終訪問 2023年5月